2014年06月21日

変貌しつつある南濱路

今日は友人と揚子江沿岸を走る南濱路の四川料理店
(陶然居)で食事をしました。このあたりは昔から
大きな飲食店が集まる所で有名です。

重慶の有名な四川料理店

この付近には、この数年で大きな建物が続々完成し、
大きく変貌しつつあります。(というか重慶全体が
変貌しつつあります)

シェラトン

金色の派手なシェラトンホテルは、随分長い間工事を
していましたが、よくわからない間にオープンして
いました。あまりに奇抜な金色で、遠くからよく
目立ちます。

シェラトン2

このシェラトンの右にも、いつのまにか黒いツイン
タワーが完成していました。

黒いツインタワー

こんなに高層ビルが建って、需要があるのかなと
余計な心配をしてしまいます。

これらのビルの手前、道路を挟んだ向かいが
揚子江で、その向こうには、今のところ重慶で
一番の中心地と言われている「解放碑」があります。

夕方のちょっと薄暗くなった時間帯の写真です。

夕方の解放碑

揚子江に係留された大型の船上レストランは、
向かいの解放碑の夜景が綺麗な時間帯が近づくと、
多いに賑わいます。揚子江で採れた大型の川魚
料理が美味しいです。

船上レストラン

今の時期は20時頃にならないと暗くなりませんが、
暗くなってからの夜景が大変綺麗で、重慶の三大
名物の一つになっています。

解放碑の夜景

三大名物とは
1.素晴らしい夜景
2.麻辣な重慶料理
3.重慶美女
だそうです。

posted by ぼうらん at 23:59| Comment(0) | 街の様子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月19日

福岡から重慶へ、久しぶりのドタバタ劇

福岡からは、北京まで国際線、北京から国内線に乗り継いで
重慶に行く便を予約しました。ただよく確認しなかった為、
大連経由北京行きの便を予約していたようです。福岡空港で、
大連経由北京までのチケットと、北京から重慶までの二枚の
チケットを発券してもらいました。

大連で下りて、そこで入国審査を行い、再び同じ便に乗り込む
事になります。福岡から北京までの乗客は、特別な入国審査場
でしたので、非常にスピーディに審査も完了。

ああ、これはいいわい、と思いつつ、指定の出発ゲートに行くと、
出発まで1時間待ち。ところがその時間になっても、搭乗案内の
気配無し。そのうち、ゲート案内の電光掲示板の離陸時刻が、
いつのまにか「待定(ペンディング)」に変更されていました。

アイヤ〜、北京で乗り継ぐ便に遅れないといいが、と懸念しつつ、
それから待つこと30分、ようやく搭乗。

しかし、機体が動き出したのは、搭乗してから2時間20分後。
つまり、17:20に飛び立つ予定が20:00に飛び立ったのです。
北京からの重慶行きは20:15発でしたので、この時点で乗れない
ことが確定でした。

機内で客室乗務員には乗り継ぎ便に乗れない事はアピールした
のですが、「着いたら担当が待っているので心配しないで」と
涼しい顔。

1時間ほどで北京着。タラップから下りると、女性の担当に
「福岡からの人はこっちのバス」と案内され、そちらに乗り
込みました。お客さん30名ほどで内日本人と思われる人は4名
程でした。

しかし「乗り継ぎ便が無くなっているのでどうにかしてよ」と
交渉できそうな担当は見当たらず、そのまま、預けたスーツ
ケースを受取る為にターンテーブルに。(搭乗した中国国際
航空(CA)では、預けた荷物を国内線に積み替えてくれる
サービスを経験した事がありません)

かなり長い時間待って、ようやく出てきたスーツケースを引き、
直ぐ近くにある国内線乗換用のカウンターに向かいます。

ん? 10個ほどあるカウンターに誰も係員がいません。
ウロウロしてようやく探し当てた女性に聞くと、「三階に
上がって手続きをして! 早く走って!」と。
このでかいスーツケースはどうするの?と聞くと、「それも
一緒に持って上がって、早く!早く!」と急かされるので、
とにかくバタバタとハーハー言いつつ上がりました。

上がった先は、手荷物検査場でそこを抜けると搭乗口のある
フロアでした。手荷物の安全検査場にでかいスーツケースを
持って入れるはずはないわなぁと思いつつも、とにかく、
とっくに出発時刻の過ぎた発券済みのチケットを係員に見せ
ました。

案の定、いろいろ揉めまくりましたが、係員があちこちに
話をしている所に、恰幅の良い男性が出てきて、とにかく
全ての荷物を検査台に乗せろ、とのこと。

言われるままにスーツケースを検査機にかけたところ、中に
入っていた水物に反応し、開けさせられました。焼酎二本と
知人に頼まれていた日本酒一本。本来は預けるスーツケースに
入れるべきものなので、検査に通らないのは当然と言えば当然。

水物はダメだ、と厳しく言われ、スーツケースからそれらを
出して、再度安全検査。無理矢理取り出した為、スーツケース
の中はぐちゃぐちゃ。

搭乗に間に合わないと焦る係員。しかし職務上、水物は
通せない為、酒三本を取られて、別の場所に連れて行かれ、
更に恰幅の良い係員から何やら厳しく問い詰められる。

こっちは上の空で聞きながら、そもそもは、こんなに遅れた事が
原因と情けないやら腹立たしいやら。しかし稚拙な中国語では
適切な反論も出来ず。

暫くいろいろ言っていた強面係員が、突如、

「もういい、OK!」

と酒を返してくれました。私が恨めしそうに酒を見つめていた
為か、これ以上は飛行機を待たせられないと思ったのか。

その内の一本は、宮崎で知人にプレゼントされた宮崎のあの
幻の焼酎「百年の孤独」。なんでこんな事で取り上げられる
のかと、私の目は相当に悲しげだったのでしょう。

でも、ここで気が変わられては大変と、さっさとスーツケースに
酒をしまい込み、ぐちゃぐちゃスーツケースに入らなくなった、
博多で買ったお土産の銘菓「博多通りもん」を手に持ち、
思わず「謝謝〜!」と口走ってしまい、搭乗口へ。

背後からあのごつい係員の「急げ〜! 急げ〜!」の掛け声に
見送られる。

搭乗口がこれまた遠く、上がる息をこらえつつ、20Kg超の重い
スーツケース・PCの入ったカバン・一眼レフの入った小さめカバン・
それに「博多通りもん」を小脇に抱え、無くなりかけた髪の毛を
風に靡かせながら、ヒタ走る老人を不思議そうに眺める人の目も
気にならず。

ようやく搭乗口に近づくと、はるか先の搭乗口から女性係員が
「急げ〜、急げ〜」と手招き。しかし、案の定ここでもスンナリ
いかず。引き継ぎが全くなかったようで、改めて電話で数ヶ所に
長々と確認。

外では小さなバスが最後の乗客を待っている。
ああ、随分迷惑をかけているのだなぁ、とついついうなだれ、
反省する猿状態。『もう十分努力した、よくやった』と自分を
慰めつつ、「もう、いいわ。明朝の飛行機に乗せて欲しい」と
言っても、二人の係員はああでもない、こうでもないと論議を
止めない。

結局はそこで座席を手書きしてくれて、スーツケースも持った
まま、冷たい視線(と自虐的に想像)を向ける数名の乗客の
待つバスに乗り込みました。

スーツケースは搭乗機前で待っていた荷物係の人に渡して、
待ちくたびれた乗客達の待っている機内へと入りました。

乗った飛行機は300人以上搭乗可能なジャンボ機で、豪華なファースト
クラス、ビジネスクラスがありました。しかもそこはガラガラ。

『こんなに苦しい思いで乗ったのだから、ファーストに乗せろよ!』
言いたいのをぐっと飲み込み(こんな複雑な状況は、例え日本語でも
説明する気力が湧きません)、大人しくエコノミー席に座りました。
ほどなく動き出しました。

疲れ果ててウトウトしていると2時間20分ほどで重慶空港に着陸。
上海からよりは若干近いようです。到着は2時を回っていました。
22時25分着の予定から3時間半の遅れでした。

三ヶ月ぶりの重慶でしたが、とにかく一応たどり着けたことに
安堵し、ターンテーブルでスーツケースを待っていました。

『ああ、今、乗った飛行機の便名は何だったのだろう』と案内板を
見ると、何と私の持っている搭乗券と同じ便名! 福岡で発券して
くれた搭乗券のままなので、一体どういうことか暫く理解できず、
搭乗券と案内板を交互に見比べました。まさか私を待ってくれて
いた訳ではあるまいし、北京からの便も遅れ遅れで、結局は同じ便に
乗っていたのだという事を、ほどなくして理解することができました。

その便は、サンフランシスコから北京、北京から重慶への国際・
国内線でした。どうりで素晴らしいファーストとビジネスがあった
はずだと納得でした。

荷物を持って外に出るとそこは見慣れた重慶空港。こんな遅い
時間なので、人も少ないだろうと思ったのですが、タクシー
乗り場は長蛇の列。アイヤ〜、こりゃあ大変だ、もう疲れた〜と
思いつつも、他に手段が無い為、やむなく列の最後尾に並びます。

暫くして白タクの人達が寄ってきます。背に腹は替えらぬと
料金を聞くと150元とのこと。タクシーメーターなら70元程度の
はずなので二倍以上。深夜だし、しゃあねえなぁと思いつつも、
ついついいつものクセで100元!と値切り交渉。暫く交渉して
いると後から並んだお金持ちそうな人を見つけたようで、
そちらに乗り替えられました。

続いて若者が寄ってきたので料金を聞くと80元とのこと。
耳を疑い、行き先を再度言っても80元。OK!と早々決着し、
後から加わった男性客と二人でワゴンタイプの白タクに
乗り込みました。

その若者は、私の重いスーツケースを引いてくれるなど
好感の持てる男性で、途中、いろいろ世間話。
3歳の女の子のいる30歳で、広州で仕事をしていたが故郷に
帰ってきて運転手の仕事をしている。進学はできなかったので、
自学して大学受験資格を取得したという頑張り屋さんでした。

自宅に帰り着くと既に3時。ドアを開けるといつもはシラ〜と
している猫達が、ニャーニャーとお出迎え。久しぶりだったから
ではなく、恐らくお腹が空いていたのでしょう。猫砂のトイレを
掃除し、水を取り替え、食事を与え、スーツケースから荷物を
取りだして少し片付け、4時になったのでシャワーもせずに
とりあえずはベッドにパタリでした。

久しぶりの重慶で、のっけからドタバタ道中でした。
寝付くまでいろいろ思い出しました。

『各係員達は自分の持ち場の仕事には一生懸命対処する。
その熱心さに、「謝謝!」とお礼を言ってしまう程。
でも、自分の持ち場でのトラブルが終わってしまうと
「ヤレヤレ、終わった」と思ってしまうのかなぁ。
問題を引き継ぎ、うまく連係プレーできれば、もっともっと
素晴らしいのに』、そんなことを思いながら、いつのまにか
夢の中でした。
posted by ぼうらん at 22:01| Comment(2) | 出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月15日

そろそろ宮崎から重慶へ

ブログを随分さぼってしまいました。
そろそろ重慶に行く準備をしないといけません。

その前に残り少なくなった宮崎での宮崎らしさを満喫
する為に、仕事を休んでカミさんと西米良村という
山村に出掛けました。

九州山脈に向かって山道を進むと、一ツ瀬川の上流に
九州電力の一ツ瀬ダムがあります。九州電力が総力を
挙げて建造し、1963年に完成したダムで、一般ダムと
しては九州一、日本では十番目の発電量とのこと。

一ツ瀬ダム

ダム工事で42名の方が事故などで亡くなったそうで、
慰霊碑がありました。

一ツ瀬ダム

一ツ瀬ダム慰霊碑

そこを過ぎて、さらに山道をあがると、暫くして最初の目的
地の「おがわ作小屋村」への案内看板が見えました。
ここから更に7Km。

おがわ作小屋村入口案内

くねくね山道をゆっくり進むと、突然目の前が開け、
それまで圏外だった携帯も電波が入るようになりました。
山の中に住宅がポツンポツンと建っていて、狭い地域全体
が自然と一体となって、「おがわ作小屋村」という癒やしの
スポットになっているようです。

おがわ作小屋村

平日の為か観光客もほとんど見かけず、大自然の中に
ひっそりと佇む茅葺きの家に、何とも言えない懐かしさに
ホッとする気分にさせられました。

おがわ作小屋村

「作小屋」とは、「明治時代の版籍奉還後、集落から
離れた場所に土地を分け与えられた西米良村の住民
が、山林を開いた田畑での農作業の拠点として寝泊まり
した小屋。農繁期だけ使う場合もあれば、自宅として使う
場合もあったという。」(2013-02-13 朝日新聞朝刊
宮崎全県1地方)とのことで、この西米良村独自の
表現のようです。この上の写真の小屋が寝泊まりしていた
小屋なのでしょうか。小屋の内部は下の写真です。

おがわ作小屋村室内

作小屋村の中を流れる小川川は豊富な水量の清流でした。

おがわ作小屋村

おがわ作小屋村

140612-113548-IMG_1221.jpg

小川民族資料館には、住民の方から集めた貴重な
古文書や農具などが展示されていました。

おがわ作小屋村民俗資料館

写真下は板に絵を手書きしただけの素朴な羽子板。

おがわ作小屋村民族資料館内

コテージも数棟ありました。夏休みなど家族連れ、友人
同士で宿泊する人が多いそうです。

おがわ作小屋村コテージ

おがわ作小屋村コテージ部屋案内

暫く周りを散策して、お昼時。小川作小屋村の中でも
有名になっているお膳を食べることにしました。
写真下は作小屋風食事処。

おがわ作小屋村食事処

おがわ作小屋村食事処

店内に入ると、中央には広い囲炉裏があり、懐かしい
雰囲気です。

おがわ作小屋村食事処

天井は高く、藁葺き屋根がそのまま見えます。

おがわ作小屋村食事処天井

窓からは清流からの心地よい風。
床に寝っ転がりたい心境です。

間もなく注文した食事が届きました。

おがわ作小屋村食事処食事前

色とりどりの季節の山菜などを使った見て楽しめる
16種類の料理です。一つ一つゆったりと味を楽しみ
ながら頂きました。写真下は食後のお膳。

おがわ作小屋村食事処食事後

満腹になり、暫く付近を散歩して、次の目的地に
向かいました。

次は同じ西米良村内にある「ゆた〜と」という温泉です。
おがわ作小屋村から案内板のあった三叉路まで
引き返し、そこから更に山の方に向かいます。20分程で
到着しました。

西米良村観光案内図

「ゆた〜と」は村営と思われる大きな温泉のある保養棟
でした。「ゆた〜と」とは宮崎県の方言で、「のんびり、
ゆっくり」というような意味です。

施設に入るとまず自動販売機で入浴料(大人400円)を購入し、
タオルも持参していなかったので一枚200円で購入。
施設内にはお土産屋さん、休憩所などあり、のんびりした
雰囲気でした。

ゆた〜と施設内

平日の昼間だった為か、風呂の中には誰も居ません。
脱衣場に戻り、スマホをビニール袋に入れて再び風呂に。

ゆた〜と風呂内部

屋外には露天風呂もありました。写真下は筆者一人で
外の緑を楽しみながらのんびり浸かっているさまです。

ゆた〜と露天風呂

温泉は適度にぬめり感があり、男性の私でも何日か
通えば肌が綺麗になるのではと感じる程でした。
隣の仕切りの向こうからは女性のお年寄り達の
楽しげな会話が聞こえます。男性風呂は私だけ
でしたが、女性風呂には地元の女性達が沢山
きていたようです。

「ゆた〜と」は施設も綺麗で、温泉質もとても良い
お薦めのスポットです。

温泉から上がり、暫く休憩所でぼんやり休養してから
帰路につきました。

宮崎市内の自宅から片道1時間40分ほど一般道を
走れば、そこには桃源郷のような山里と素晴らしい温泉
がありました。宮崎は、広大な太平洋を臨む海岸と、
豊富な水と深い森のある山里がすぐ間近にある
素晴らしい故郷だと改めて感じた一日でした。

■おがわ作小屋村
住所;宮崎県児湯郡西米良村大字小川囲254
電話;0983-37-1240
URL;http://ogawa-sakugoya.com/

■ゆた〜と
住所;宮崎県児湯郡西米良村大字村所260-6
電話;0983-41-4!26
URL;http://www.yutato.com/

おがわ作小屋村の草花の写真を何枚か掲載します。

おがわ作小屋村の草花

おがわ作小屋村の草花

おがわ作小屋村の草花

おがわ作小屋村の草花

おがわ作小屋村の草花

おがわ作小屋村の草花
posted by ぼうらん at 07:51| Comment(0) | 街の様子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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