2014年08月10日

新妙鎮から大順郷へ(4)

老大順場の民家の奥に進み、畦道を進みます。振り返ると、人は住んでいるものの民家の屋根は朽ちかけています。

14_0洋房子に向かう途中、老大順場を振り向くと.jpg

■洋房子

このままだと、暫くすれば取り壊されるだろうと思っていると、直ぐに「洋房子」に着きました。ホテルでもらった説明書に書いてあったので、是非行きたい場所でした。ただ、入り口には鍵がかかっていて中には入れません。

14_洋房子1.jpg

観覧料を支払う小窓の上に、電話番号が書いてあったので、彼が連絡してくれました。

入り口前には公衆トイレもあり、観光客も多少は来ているようですが、整備されていないようです。

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洋房子についての説明書きがありました。

15_洋房子2.jpg

この説明書きと後で調べた事です。

洋房子は、1926年に陳鳳藻という大順郷人が建設し、1951年の土地改革時に政府に没収され、1992年迄は政府の執務室として使用されていたが、その後は町の統廃合により使用されなくなり、草の生い茂る荒れ果てた建物・敷地になっていった。

2004年にシンガポールで華僑として成功していた重慶出身の凌健(当時38歳)がこの荒れ果てた洋房子の写真を偶然目にして、骨董に興味があったこともあり、ここを買い取って整備する決心をした。買取価格20数万元、その後の1年間の整備費用300数万という巨額の資金を投入したそうだ。

当時の新聞を見ると、凌健はとても謙虚な人で、自らあまり口を開かない為、なぜこんな山奥に、こんな朽ちかけた家を買い、巨額の費用をかけて整備するのか、誰もが不思議に思っていたようです。

ここには建物だけでは無く、多くの骨董品も有り、凌健はそれらも含めて優美な価値ある芸術品だと認めていたそうです。

そうこうして待っていると、年配の女性が鍵を持ってきてくれました。

中に入ると、整備された庭に、古い建物が見えます。

17_洋房子4.jpg

建物の中には、骨董品が至る所に置かれています。

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個室になっている部屋には、王室の寝具もあります。何と、この部屋には一泊600元(1万円ほど)で、宿泊もできるそうです。

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庭に出てみると、大きな洋館風の建物である事が分かります。

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二階の上の屋根裏部屋は、各地で集められた骨董品が沢山展示されていました。

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階段を下りる時、眼下に見える屋根を見ると、この地方独特なのでしょうか、小さな瓦屋根です。この瓦の一部を剥がして明かり取りにしている家も別で見かけました。

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敷地内の庭は広く、よく整備されています。

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1階まで降りてくると、ここも宿泊用の部屋で一泊168元(300円程)で宿泊できるとのこと。中はいかにも誰か宿泊していた風ですが、欧風の清潔な感じの部屋でした。

24_洋房子11.jpg

■棚田、再び天宝湖

そこを出ると、そろそろ彼の家まで送ろうということになり、来た道を引き返しました。

山にある町の為、棚田になっている田畑を沢山見かけました。

25_棚田.jpg

途中、彼が「このあたりの天宝湖もなかなかいいよ」と言うので、言われた脇道に入りました。

湖の手前に人家があり、お年寄りが三人で私たちを見ています。

26_天宝湖守人家.jpg

ここに止めて良いと彼が言うので、挨拶をして敷地内に止めました。眼前には、ダムで見た天宝湖とはまた違う景色が広がっています。

27_天宝湖.jpg

二人で湖畔まで降りて散策しましたが、鴨が戯れていたり、釣りをしている人達がいたりと、この町にとって、広大な天宝湖は飲料水や灌漑だけでなく、人々の生活に密接に関係しているようです。

先ほどの家に戻ると、暫く休んでいけと家人達が言うので、手作り椅子に腰掛けて話をしました。例に漏れず、この人達のご子息は都会に出て仕事をしているそうです。皆さん、笑顔を絶やさず、とても優しい顔が印象的でした。

28_天宝湖守人家と.jpg

庭では沢山の鶏が遊んでいます。山奥のせいでしょうか、鶏たちも温厚な顔に見えました。

29_天宝湖守人家の鶏.jpg

<続く>
posted by ぼうらん at 14:50| Comment(0) | 出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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