2014年07月21日

天気が良いので南山へ

今日は青空が見えているという良い天気。
ちょっと暑いけど、南山に行って街の写真を撮ろうと
思い立ち、カメラを持って車で出掛けました。

南山というのは、重慶の南に位置する小高い山々で、
中心街を一望できるスポットで「重慶の夜景」の写真は
ほぼここから撮影されていると思います。

二週間ほど前に福岡の視察団の方と一緒にここに来たとき
入場料に愕然としました。何と、30元!(500円程)
以前は5元か10元だったと思うのですが、瞬く間に値上がりです。

南山展望台チケット

前回はチケット売り場の20元を手書きで30元に書き換えて
いましたが、今回は綺麗に書き変わっていました。

公園の中に入って暫く撮影した後、あまりに暑いので暫く
時間つぶしに車の中で休憩しようと、チケットを見せて
「また来るから」と守衛に伝えた所、「ダメだ、再度購入!」と
言われてしまい、せっせと交渉しましたが、ダメでした。

入り口の注意書きを読むと、一旦出たら、また購入と最初に
書かれていました。まあ、普通、そうだよなぁと出るのを
諦めました。

展望台案内板

既に16時を回っていましたが、重慶の16時(日本時間17時)は、
日本の14時位かもしれません。お日様はほぼ真上。展望台なので
立木がポツポツとある程度。木陰で休みつつ、重慶の特徴的な
長江と嘉陵江に夾まれた解放碑のあたりをパチリパチリ。
天気はとても良いのですが、あまりの暑さで、空気ももやもやして
画像も不鮮明です。

↓解放碑正面
解放碑正面

解放碑で、割と新しいビルが4,5階分ほどの目立つ文字「WFC」と
書かれた世界金融センタービルです。地上72階、地下6階、339mで
今、西部地区で最も高いビルとのこと。

解放碑拡大

解放碑の右側には最近開通した「東水門大橋」が見えます。

長江下流側

解放碑の左側のキンキラに輝くのはシェラトンホテルです。
今日はあまりの暑さで金色が溶けそうです。

長江上流側

中途半端な時間に来たことを後悔しましたが後の祭り。
暑すぎて昼間の写真も今ひとつ、夜景までにはまだ3時間以上。

しかし、カメラを持った人達が少しずつ来ています。
展望台の一番良い場所に、三脚を立て、準備しています。
本人達は木陰で休みつつ、三脚の上のカメラは暑そう。

場所取り?

夜景の場所取りかなと思いつつ、カメラに近寄ると
20秒に1回程度自動でシャッターが切れていました。

昼間の時々刻々と変わりゆく解放碑の写真を、何と
毎分3枚ほど撮影していたのです。私はちょっと
迷いつつも三脚は持参しませんでしたが、このカメラ小僧
達の気合いには到底勝てないわなぁと、そそくさと
逃げ帰る事にしました。

あのまだ日の高い時間帯で、10名程度のカメラ小僧達が来て
いましたが、夜景の時間帯が近づくとかなりの人出になる
でしょう。

彼らの愛機は、Nikon4台、CANON3台、Sony1台、
Pentax1台と全て日本製で、ちょっと嬉しくなりました。

さて、せっかくここまで来たので、植物園の方に行ってみようと
車を山頂の方へ走らせました。暫く進むと、やたらと路上で
水着が売っています。

海は無いのに水着?

実はこの付近に「加勒比海水世界」という広大なプールや
水を使ったテーマパークがあります。そこに行く人達向け
でしょうが、男物はちっとも目立たず地味ですが、女性用は
やたらと派手で目立ちます。こういう売り場が沿線にズラリ
と並んでいる様は壮観でした。

さらに山頂に進むと、どうも途中で道を間違えたようで
そのうち下り坂になり、通った記憶がありません。
まあ、そのうち、どこから着くだろうと、一本道をひたすら
進みました。

ちょっと開けた所に「铜锣峡第一荘」という建物が
あったので、道を聞いてみようと車を止めました。

道を間違えて飛び込んだ「铜锣峡第一庄」

地図を持って、店の人に聞いたところ、三人ほど集まり、
ここでもない、あそこでもないが始まりました。
どうもこちらの人達は地図を見るのが苦手、というか
あまり見た経験が無いようです。レストランもやって
いるようなので、ラチもあきそうにないので、夕食を
食べることにしました。

テラス側に行ってみると、道からは見えなかったのですが、
そこには広大な長江が広がっていました。

長江(右は広陽島長江大橋)

そこを見ながら、地図と見比べ、店の人に聞くと、右手の
橋は「広陽島長江大橋」だと言うので、ほぼ現在地が
分かりました。

長江(向かいは渝北区)

「铜锣峡第一庄」のテラス席

テラス席は「铜锣峡第一荘」という名前からは想像しがたい
なかなか洒落た雰囲気でした。ここで、食事をしたいと
言うと、直ぐに席を作ってくれました。

長江を眺めつつ夕食

ゆったり流れる長江を眺めつつ、のんびりと夕食。
なかなかいい雰囲気です。ビールを飲めるともっといい
のですが、今日は車の運転なので我慢です。

もう直ぐ、19時。でも空はまだこんなに明るく、良い天気。

それにしても良い天気!

食事が終わり、車に乗り込もうとすると、アヒル達が
騒いでいます。敷地の外の山で飼っているようで、
この店の食材になるのでしょう。

「铜锣峡第一庄」の地アヒル

長江に沿って上流に進むと、途中は随分河幅が狭くなって
いました。工場地帯のようで、船着き場も至る所にありました。

工業地帯

ようやく帰り着き、車を駐車場に止めて、外に出ると
重慶の暑い夏の20時頃。至る所に屋台や屋外席があり、
お年寄りから子供まで、ワイワイと賑わっています。

屋台1

夜ビール

歩行街では、いつものダンス風景。いくつもの団体が
それぞれの流儀で踊っています。

元気バリバリ1

元気バリバリ2

いやはや、暑い夏でも、元気いっぱい。
この人達の元気を見ていると、私も元気が出てきます。





posted by ぼうらん at 02:24| Comment(0) | 街の様子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月21日

変貌しつつある南濱路

今日は友人と揚子江沿岸を走る南濱路の四川料理店
(陶然居)で食事をしました。このあたりは昔から
大きな飲食店が集まる所で有名です。

重慶の有名な四川料理店

この付近には、この数年で大きな建物が続々完成し、
大きく変貌しつつあります。(というか重慶全体が
変貌しつつあります)

シェラトン

金色の派手なシェラトンホテルは、随分長い間工事を
していましたが、よくわからない間にオープンして
いました。あまりに奇抜な金色で、遠くからよく
目立ちます。

シェラトン2

このシェラトンの右にも、いつのまにか黒いツイン
タワーが完成していました。

黒いツインタワー

こんなに高層ビルが建って、需要があるのかなと
余計な心配をしてしまいます。

これらのビルの手前、道路を挟んだ向かいが
揚子江で、その向こうには、今のところ重慶で
一番の中心地と言われている「解放碑」があります。

夕方のちょっと薄暗くなった時間帯の写真です。

夕方の解放碑

揚子江に係留された大型の船上レストランは、
向かいの解放碑の夜景が綺麗な時間帯が近づくと、
多いに賑わいます。揚子江で採れた大型の川魚
料理が美味しいです。

船上レストラン

今の時期は20時頃にならないと暗くなりませんが、
暗くなってからの夜景が大変綺麗で、重慶の三大
名物の一つになっています。

解放碑の夜景

三大名物とは
1.素晴らしい夜景
2.麻辣な重慶料理
3.重慶美女
だそうです。

posted by ぼうらん at 23:59| Comment(0) | 街の様子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月19日

福岡から重慶へ、久しぶりのドタバタ劇

福岡からは、北京まで国際線、北京から国内線に乗り継いで
重慶に行く便を予約しました。ただよく確認しなかった為、
大連経由北京行きの便を予約していたようです。福岡空港で、
大連経由北京までのチケットと、北京から重慶までの二枚の
チケットを発券してもらいました。

大連で下りて、そこで入国審査を行い、再び同じ便に乗り込む
事になります。福岡から北京までの乗客は、特別な入国審査場
でしたので、非常にスピーディに審査も完了。

ああ、これはいいわい、と思いつつ、指定の出発ゲートに行くと、
出発まで1時間待ち。ところがその時間になっても、搭乗案内の
気配無し。そのうち、ゲート案内の電光掲示板の離陸時刻が、
いつのまにか「待定(ペンディング)」に変更されていました。

アイヤ〜、北京で乗り継ぐ便に遅れないといいが、と懸念しつつ、
それから待つこと30分、ようやく搭乗。

しかし、機体が動き出したのは、搭乗してから2時間20分後。
つまり、17:20に飛び立つ予定が20:00に飛び立ったのです。
北京からの重慶行きは20:15発でしたので、この時点で乗れない
ことが確定でした。

機内で客室乗務員には乗り継ぎ便に乗れない事はアピールした
のですが、「着いたら担当が待っているので心配しないで」と
涼しい顔。

1時間ほどで北京着。タラップから下りると、女性の担当に
「福岡からの人はこっちのバス」と案内され、そちらに乗り
込みました。お客さん30名ほどで内日本人と思われる人は4名
程でした。

しかし「乗り継ぎ便が無くなっているのでどうにかしてよ」と
交渉できそうな担当は見当たらず、そのまま、預けたスーツ
ケースを受取る為にターンテーブルに。(搭乗した中国国際
航空(CA)では、預けた荷物を国内線に積み替えてくれる
サービスを経験した事がありません)

かなり長い時間待って、ようやく出てきたスーツケースを引き、
直ぐ近くにある国内線乗換用のカウンターに向かいます。

ん? 10個ほどあるカウンターに誰も係員がいません。
ウロウロしてようやく探し当てた女性に聞くと、「三階に
上がって手続きをして! 早く走って!」と。
このでかいスーツケースはどうするの?と聞くと、「それも
一緒に持って上がって、早く!早く!」と急かされるので、
とにかくバタバタとハーハー言いつつ上がりました。

上がった先は、手荷物検査場でそこを抜けると搭乗口のある
フロアでした。手荷物の安全検査場にでかいスーツケースを
持って入れるはずはないわなぁと思いつつも、とにかく、
とっくに出発時刻の過ぎた発券済みのチケットを係員に見せ
ました。

案の定、いろいろ揉めまくりましたが、係員があちこちに
話をしている所に、恰幅の良い男性が出てきて、とにかく
全ての荷物を検査台に乗せろ、とのこと。

言われるままにスーツケースを検査機にかけたところ、中に
入っていた水物に反応し、開けさせられました。焼酎二本と
知人に頼まれていた日本酒一本。本来は預けるスーツケースに
入れるべきものなので、検査に通らないのは当然と言えば当然。

水物はダメだ、と厳しく言われ、スーツケースからそれらを
出して、再度安全検査。無理矢理取り出した為、スーツケース
の中はぐちゃぐちゃ。

搭乗に間に合わないと焦る係員。しかし職務上、水物は
通せない為、酒三本を取られて、別の場所に連れて行かれ、
更に恰幅の良い係員から何やら厳しく問い詰められる。

こっちは上の空で聞きながら、そもそもは、こんなに遅れた事が
原因と情けないやら腹立たしいやら。しかし稚拙な中国語では
適切な反論も出来ず。

暫くいろいろ言っていた強面係員が、突如、

「もういい、OK!」

と酒を返してくれました。私が恨めしそうに酒を見つめていた
為か、これ以上は飛行機を待たせられないと思ったのか。

その内の一本は、宮崎で知人にプレゼントされた宮崎のあの
幻の焼酎「百年の孤独」。なんでこんな事で取り上げられる
のかと、私の目は相当に悲しげだったのでしょう。

でも、ここで気が変わられては大変と、さっさとスーツケースに
酒をしまい込み、ぐちゃぐちゃスーツケースに入らなくなった、
博多で買ったお土産の銘菓「博多通りもん」を手に持ち、
思わず「謝謝〜!」と口走ってしまい、搭乗口へ。

背後からあのごつい係員の「急げ〜! 急げ〜!」の掛け声に
見送られる。

搭乗口がこれまた遠く、上がる息をこらえつつ、20Kg超の重い
スーツケース・PCの入ったカバン・一眼レフの入った小さめカバン・
それに「博多通りもん」を小脇に抱え、無くなりかけた髪の毛を
風に靡かせながら、ヒタ走る老人を不思議そうに眺める人の目も
気にならず。

ようやく搭乗口に近づくと、はるか先の搭乗口から女性係員が
「急げ〜、急げ〜」と手招き。しかし、案の定ここでもスンナリ
いかず。引き継ぎが全くなかったようで、改めて電話で数ヶ所に
長々と確認。

外では小さなバスが最後の乗客を待っている。
ああ、随分迷惑をかけているのだなぁ、とついついうなだれ、
反省する猿状態。『もう十分努力した、よくやった』と自分を
慰めつつ、「もう、いいわ。明朝の飛行機に乗せて欲しい」と
言っても、二人の係員はああでもない、こうでもないと論議を
止めない。

結局はそこで座席を手書きしてくれて、スーツケースも持った
まま、冷たい視線(と自虐的に想像)を向ける数名の乗客の
待つバスに乗り込みました。

スーツケースは搭乗機前で待っていた荷物係の人に渡して、
待ちくたびれた乗客達の待っている機内へと入りました。

乗った飛行機は300人以上搭乗可能なジャンボ機で、豪華なファースト
クラス、ビジネスクラスがありました。しかもそこはガラガラ。

『こんなに苦しい思いで乗ったのだから、ファーストに乗せろよ!』
言いたいのをぐっと飲み込み(こんな複雑な状況は、例え日本語でも
説明する気力が湧きません)、大人しくエコノミー席に座りました。
ほどなく動き出しました。

疲れ果ててウトウトしていると2時間20分ほどで重慶空港に着陸。
上海からよりは若干近いようです。到着は2時を回っていました。
22時25分着の予定から3時間半の遅れでした。

三ヶ月ぶりの重慶でしたが、とにかく一応たどり着けたことに
安堵し、ターンテーブルでスーツケースを待っていました。

『ああ、今、乗った飛行機の便名は何だったのだろう』と案内板を
見ると、何と私の持っている搭乗券と同じ便名! 福岡で発券して
くれた搭乗券のままなので、一体どういうことか暫く理解できず、
搭乗券と案内板を交互に見比べました。まさか私を待ってくれて
いた訳ではあるまいし、北京からの便も遅れ遅れで、結局は同じ便に
乗っていたのだという事を、ほどなくして理解することができました。

その便は、サンフランシスコから北京、北京から重慶への国際・
国内線でした。どうりで素晴らしいファーストとビジネスがあった
はずだと納得でした。

荷物を持って外に出るとそこは見慣れた重慶空港。こんな遅い
時間なので、人も少ないだろうと思ったのですが、タクシー
乗り場は長蛇の列。アイヤ〜、こりゃあ大変だ、もう疲れた〜と
思いつつも、他に手段が無い為、やむなく列の最後尾に並びます。

暫くして白タクの人達が寄ってきます。背に腹は替えらぬと
料金を聞くと150元とのこと。タクシーメーターなら70元程度の
はずなので二倍以上。深夜だし、しゃあねえなぁと思いつつも、
ついついいつものクセで100元!と値切り交渉。暫く交渉して
いると後から並んだお金持ちそうな人を見つけたようで、
そちらに乗り替えられました。

続いて若者が寄ってきたので料金を聞くと80元とのこと。
耳を疑い、行き先を再度言っても80元。OK!と早々決着し、
後から加わった男性客と二人でワゴンタイプの白タクに
乗り込みました。

その若者は、私の重いスーツケースを引いてくれるなど
好感の持てる男性で、途中、いろいろ世間話。
3歳の女の子のいる30歳で、広州で仕事をしていたが故郷に
帰ってきて運転手の仕事をしている。進学はできなかったので、
自学して大学受験資格を取得したという頑張り屋さんでした。

自宅に帰り着くと既に3時。ドアを開けるといつもはシラ〜と
している猫達が、ニャーニャーとお出迎え。久しぶりだったから
ではなく、恐らくお腹が空いていたのでしょう。猫砂のトイレを
掃除し、水を取り替え、食事を与え、スーツケースから荷物を
取りだして少し片付け、4時になったのでシャワーもせずに
とりあえずはベッドにパタリでした。

久しぶりの重慶で、のっけからドタバタ道中でした。
寝付くまでいろいろ思い出しました。

『各係員達は自分の持ち場の仕事には一生懸命対処する。
その熱心さに、「謝謝!」とお礼を言ってしまう程。
でも、自分の持ち場でのトラブルが終わってしまうと
「ヤレヤレ、終わった」と思ってしまうのかなぁ。
問題を引き継ぎ、うまく連係プレーできれば、もっともっと
素晴らしいのに』、そんなことを思いながら、いつのまにか
夢の中でした。
posted by ぼうらん at 22:01| Comment(2) | 出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月15日

そろそろ宮崎から重慶へ

ブログを随分さぼってしまいました。
そろそろ重慶に行く準備をしないといけません。

その前に残り少なくなった宮崎での宮崎らしさを満喫
する為に、仕事を休んでカミさんと西米良村という
山村に出掛けました。

九州山脈に向かって山道を進むと、一ツ瀬川の上流に
九州電力の一ツ瀬ダムがあります。九州電力が総力を
挙げて建造し、1963年に完成したダムで、一般ダムと
しては九州一、日本では十番目の発電量とのこと。

一ツ瀬ダム

ダム工事で42名の方が事故などで亡くなったそうで、
慰霊碑がありました。

一ツ瀬ダム

一ツ瀬ダム慰霊碑

そこを過ぎて、さらに山道をあがると、暫くして最初の目的
地の「おがわ作小屋村」への案内看板が見えました。
ここから更に7Km。

おがわ作小屋村入口案内

くねくね山道をゆっくり進むと、突然目の前が開け、
それまで圏外だった携帯も電波が入るようになりました。
山の中に住宅がポツンポツンと建っていて、狭い地域全体
が自然と一体となって、「おがわ作小屋村」という癒やしの
スポットになっているようです。

おがわ作小屋村

平日の為か観光客もほとんど見かけず、大自然の中に
ひっそりと佇む茅葺きの家に、何とも言えない懐かしさに
ホッとする気分にさせられました。

おがわ作小屋村

「作小屋」とは、「明治時代の版籍奉還後、集落から
離れた場所に土地を分け与えられた西米良村の住民
が、山林を開いた田畑での農作業の拠点として寝泊まり
した小屋。農繁期だけ使う場合もあれば、自宅として使う
場合もあったという。」(2013-02-13 朝日新聞朝刊
宮崎全県1地方)とのことで、この西米良村独自の
表現のようです。この上の写真の小屋が寝泊まりしていた
小屋なのでしょうか。小屋の内部は下の写真です。

おがわ作小屋村室内

作小屋村の中を流れる小川川は豊富な水量の清流でした。

おがわ作小屋村

おがわ作小屋村

140612-113548-IMG_1221.jpg

小川民族資料館には、住民の方から集めた貴重な
古文書や農具などが展示されていました。

おがわ作小屋村民俗資料館

写真下は板に絵を手書きしただけの素朴な羽子板。

おがわ作小屋村民族資料館内

コテージも数棟ありました。夏休みなど家族連れ、友人
同士で宿泊する人が多いそうです。

おがわ作小屋村コテージ

おがわ作小屋村コテージ部屋案内

暫く周りを散策して、お昼時。小川作小屋村の中でも
有名になっているお膳を食べることにしました。
写真下は作小屋風食事処。

おがわ作小屋村食事処

おがわ作小屋村食事処

店内に入ると、中央には広い囲炉裏があり、懐かしい
雰囲気です。

おがわ作小屋村食事処

天井は高く、藁葺き屋根がそのまま見えます。

おがわ作小屋村食事処天井

窓からは清流からの心地よい風。
床に寝っ転がりたい心境です。

間もなく注文した食事が届きました。

おがわ作小屋村食事処食事前

色とりどりの季節の山菜などを使った見て楽しめる
16種類の料理です。一つ一つゆったりと味を楽しみ
ながら頂きました。写真下は食後のお膳。

おがわ作小屋村食事処食事後

満腹になり、暫く付近を散歩して、次の目的地に
向かいました。

次は同じ西米良村内にある「ゆた〜と」という温泉です。
おがわ作小屋村から案内板のあった三叉路まで
引き返し、そこから更に山の方に向かいます。20分程で
到着しました。

西米良村観光案内図

「ゆた〜と」は村営と思われる大きな温泉のある保養棟
でした。「ゆた〜と」とは宮崎県の方言で、「のんびり、
ゆっくり」というような意味です。

施設に入るとまず自動販売機で入浴料(大人400円)を購入し、
タオルも持参していなかったので一枚200円で購入。
施設内にはお土産屋さん、休憩所などあり、のんびりした
雰囲気でした。

ゆた〜と施設内

平日の昼間だった為か、風呂の中には誰も居ません。
脱衣場に戻り、スマホをビニール袋に入れて再び風呂に。

ゆた〜と風呂内部

屋外には露天風呂もありました。写真下は筆者一人で
外の緑を楽しみながらのんびり浸かっているさまです。

ゆた〜と露天風呂

温泉は適度にぬめり感があり、男性の私でも何日か
通えば肌が綺麗になるのではと感じる程でした。
隣の仕切りの向こうからは女性のお年寄り達の
楽しげな会話が聞こえます。男性風呂は私だけ
でしたが、女性風呂には地元の女性達が沢山
きていたようです。

「ゆた〜と」は施設も綺麗で、温泉質もとても良い
お薦めのスポットです。

温泉から上がり、暫く休憩所でぼんやり休養してから
帰路につきました。

宮崎市内の自宅から片道1時間40分ほど一般道を
走れば、そこには桃源郷のような山里と素晴らしい温泉
がありました。宮崎は、広大な太平洋を臨む海岸と、
豊富な水と深い森のある山里がすぐ間近にある
素晴らしい故郷だと改めて感じた一日でした。

■おがわ作小屋村
住所;宮崎県児湯郡西米良村大字小川囲254
電話;0983-37-1240
URL;http://ogawa-sakugoya.com/

■ゆた〜と
住所;宮崎県児湯郡西米良村大字村所260-6
電話;0983-41-4!26
URL;http://www.yutato.com/

おがわ作小屋村の草花の写真を何枚か掲載します。

おがわ作小屋村の草花

おがわ作小屋村の草花

おがわ作小屋村の草花

おがわ作小屋村の草花

おがわ作小屋村の草花

おがわ作小屋村の草花
posted by ぼうらん at 07:51| Comment(0) | 街の様子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月03日

ハトと青空

昨夜から宮崎に帰省中。

家の外を散歩している時、毎年巣作りをするハトが
今年も同じ場所で卵を抱いているのを見つけました。

このあたりは山だったところを造成して住宅地にした為、
山を追われた小動物や鳥が民家にやってきて、巣作りを
することが多いのです。

このハトは、毎年同じハトなのか、巣立った子供達が
大きくなって戻って来たのかは不明です。

1_卵を抱いているハト.jpg

ハトの目は、何ともつぶらですが、置物のようにテコでも
動きそうにないクリクリ目です。

2_卵を抱いているハト2.jpg

部屋の前の木に、忘れること無く舞い戻ってきます。

3_毎年、巣作りする木.JPG

3月の宮崎は、まだちょっと肌寒いですが、素晴らしい天気です。

4_単なる青空.jpg

重慶ではめったに見られない、雲一つ無い青空でした。
posted by ぼうらん at 21:50| Comment(0) | 出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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